大合格エピソード
学年1位の爆伸びか!?
共通テスト本番大成功
「大阪大学医学部保健学科」合格

私が南山塾に入ったのは1年生の途中でした。高校に入って初めての定期テストを受けた時に高校の勉強を自分だけで進めていくことへの不安を感じ、南山塾に入塾することを決めました。普段の塾では英語と数学をどんどん進めていきました。毎回ある英単語のチェックテストは毎回満点をとるつもりでしっかりと勉強し、単語カードでも言えないものがないように普段から単語帳を見るようにしたので、受験期になっても単語がわからなくて英文が読めないということは少なく、1年生からの積み重ねで私の英単語力は着実についていたのではないかと思います。数学は、わからないところはすぐ先生方に質問できる環境のおかげで学校にしっかりついていくことができました。初めは何となく名大に行きたいと思っていたのですが、県外の大学に興味を持つようになりました。3年生の夏休みにオープンキャンパスに行き、阪大には自分が学びたいことが学べる専攻がありキャンパスも大きくて魅力的だなと思ったので、志望校を阪大にしました。また、夏休みは私の中で1番体力的にきつかった時期でした。私は夏休みが始まってから朝7時までに絶対に塾に行きますと宣言して、毎日7時前に塾に行くことを徹底しました。私の学校では8月の後半から体育祭などの準備期間が始まり、私はその中でも最も忙しい応援団に所属していたので、朝早く塾に行き、勉強してから学校に行って昼から夕方までずっと練習して、夜に塾に戻ってきて、家に帰ったらまた応援の練習という生活でした。その期間は本当に体力的にしんどくて、周りの応援団の人は全然勉強していなかったです。でも私は先生に初めに宣言したことを絶対に貫きたいという気持ちと、塾で頑張っている人に負けたくないという気持ちで、どれだけ疲れていても必ず朝から塾で勉強をするようにしました。またその期間は周りよりも勉強時間が少なくなることを初めからわかっていたので、夏休みは限られた時間を無駄にしないんだという強い気持ちで必死に勉強しました。周りの学校の友達にもそんなに勉強できるのはすごいと言われました。もし南山塾に入っていなかったら絶対こんなにストイックに頑張れていなかったので、本当にありがたい環境でした。

📸ストイック、この積み重ねが全て
夏休みが終わってからは共テ模試や阪大オープン、実践などがたくさんありました。3年生になってから模試で全く結果を出せていなかったので、夏での努力が秋の模試で実るのではないかと思っていました。が、そう上手くは行きませんでした。共テ模試は全てE判定、記述系の模試は全てD判定だったと思います。特に共テ模試は2次試験で逆転を狙えるほどの点数もとれたことがなくて、頑張っているはずなのに全く伸びないのが本当に辛かったです。結局最後の12月のプレ共テ模試もボロボロで自分に絶望しました。担任の先生には遠回しに志望校を変えることを勧められましたが、なんでこんなに頑張っているのに、まだ共テを受けた訳では無いのに、阪大のために頑張っているのに志望校を下げないといけないのだろうとイライラしました。だけど丹羽先生は私がどんだけ結果が悪い模試を見せても志望校を否定することはなく、それが私の心の救いでした。だから、共テでボーダーには達しなくても2次で逆転できるくらいの点数までは絶対にとって、2次で逆転して合格してやろうと思いました。
共テで点を取るためにまず配点の高い地理の点数をどうにかしなければいけないと考えました。全然勉強していなかった訳ではなく、夏休みからこつこつ勉強してたけど模試では30~40点しかとることができないという感じでした。勉強しても伸びる感覚が全くなかったので、丹羽先生に相談して共テ40日前くらいに地理から政経に科目を変更するという選択をしました。私は授業で政経を受けたことがほとんどなかったので、完全に1からの勉強になりました。隙間時間に参考書を読み、ご飯中は政経の動画を見て、塾では予想問題をひたすら解いて知識や考え方を学びました。全く知らないところからなので考え方がよくわからないことが多く、丹羽先生に丁寧に教えてもらいました。また、私は国語も苦手だったので、丹羽先生に現代文の問題の考え方を教えてもらいました。そのおかげでだんだん感覚を掴めるようになりました。
冬休みから共テ直前にかけては塾でたくさん共テの予想問題などを解きました。点数が安定して取れるようになっている感覚がある教科もありましたが、もっととれなければいけないという教科も多く、このままで本当に大丈夫なのかなという不安と焦りが大きくなっていきました。 1番苦戦したのは化学で、共テ化学はとても難しく、冬休みは1番化学に時間をかけていたのになかなか点が上がらなかったです。もっと勉強しなければ間に合わないと思い、もちろん塾にいる朝から夜までは質が悪くならないように勉強内容を工夫し、夜家に帰ってからもお風呂の時間をなるべく短くしたりドライヤー中にも解説動画を見たりして限界まで勉強しました。睡眠時間を減らさないことも意識しました。本当に頑張っているつもりなのに成長できていないのではないかと感じ、とてもしんどかったです。でもこの不安をどうにかするにはいつか報われると信じて勉強するしかなく、塾にこもってひたすら勉強しました。

📸全統プレ、ここから伝説の爆伸びが・・・
共テ本番は、これだけ塾で勉強したからきっと大丈夫という気持ちで臨みました。2日目終わった後に塾で自己採をしました。まず政経を採点すると91点でした。次に国語を採点すると177点で、さすがに震えました。国語は難しかったので177点はかなり高得点だと思います。苦手だけど配点の高いこの2つでこの点数をとったことは本当に大きかったです。苦戦していた化学や難化した数1Aなども成功して、今までこんなに点を取れたことはなく共テは大成功だったと思います。担任の先生には、学年の中で私がいちばん12月の共テ模試から点が伸びたのではないかと言われました。運が良かったのかもしれないけど、やっと努力が報われて間に合ったんだなと思いました。共テリサーチでA判定が出て、今までE判定ばかりだったのでとても嬉しかったです。このチャンスを無駄にしないように絶対に2次で決めきろうという強い気持ちで2次試験対策に取り組みました。心の余裕ができたので、理科や数学では1問1問に時間をかけて根本理解することを心がけました。わからないところは塾で先生方にどんどん質問して、着実に力が着いていくのを感じました。また、英作文を丹羽先生に見てもらい、だんだん上手く書けるようになるのを感じました。2次試験本番はとても緊張しましたが、これまでストイックに勉強してきた私なら合格できるという自信がありました。本番は理科が難化して不安が残りましたが、無事に合格することができました。もし南山塾に入っていなかったら、絶対こんなに勉強時間を確保できなかったと思います。また周りも意識高く勉強しているので、気がゆるみそうな時も私も頑張らなければいけないと思えました。もう一度受験生になりたいかと聞かれると絶対にノーですが、受験期は楽しいと思えることも多かったです。例えばお盆と年末年始に塾で振舞ってくださった夜ご飯をわいわい食べる時間とか。この塾じゃなかったら楽しいと思えるようなことは無かったのではないかと思います。南山塾を選んで本当に良かったです。ありがとうございました!(何があっても志望校は下げない強い決意、行動を継続する力、誰にも負けなかったね、合格おめでとう!)
有言実行計画完璧
盤石の態勢で任務遂行
「京都大学法学部」A判大合格

- はじめに
この春、あろうことか京都大学の法学部に合格してしまったこの私が、南山塾の合格体験記を任せられたし、と光栄にも丹羽先生よりご依頼仕うまつったので、ここにこれまでの勉強人生、そして受験期の経験などさまざまな内容を記そう、と躍起になっております。それゆえ各所に稚拙な表現や意味不明な文章、その他理解不能な箇所が見受けられますが、何卒ご容赦ください、と言っておけば読者の皆様に許されることだろうという甘い考えで臨みます。
我が人生における南山塾という概念の出没・そして受験生になる直前まで
転機は中3の3月ごろ、中学3年間勉強に関してうんともすんとも言ってこなかった親が卒然、危機感を覚えたのかそれとも遂に狂ったか、南山塾に私を入塾させるため面談を行い、その面談で中学時代の成績表を晒し上げ、私は入塾を決定することになりました。なるほどこの塾は様々な仕掛けがあるな、と当時の私は考えていたわけですが、どうもこの勉強空間というのは私に適していると判断したため、結果続けることとなります。しかしながら塾で無双できたかというと、特段そういうことはなく、中学3年間で積み上げられるものというとは相当大きいため、中学高校レベルの英単語の記憶は consider が限界、数学も二次関数や数列漸化式の特性方程式など謎概念が理解できないほどであり、かろうじて理社は耐えていた、という中々悲惨な状況であったと思います。元々中学受験の時点では、理社は得意、国語は微妙、算数は壊滅、英語はそもそも課されない、という状態であったので、勉強していなかった身からすれば当然も当然でしょう。私は小5で憲法の概念を知り、中学から本格的にのめり込んでいったので、中3時点で法学部に行きたいという志向が強くなっていき、その頃から京大法学部を密かに志望するようになっていきました。しかしながらこんな状況では京大はおろか、名大その他地方旧帝、さらには早慶、MARCH、関関同立など受かる訳もありません。しかし当時は、いやはやこれはどうしたものか、と特に思うわけでもなく塾に通い、「「「基礎を固め」」」、定期試験前には勉強をするようになり、多少の勉強習慣が身についていきました。とはいえ漠然とした不安感に駆られた(、というよりも負けず嫌いで完璧主義な気質であったかもしれない)私は、英単語チェックテストなど点数が懸かったものは完璧にするよう詰め込んでいました。そしてそのようにして勉強を始めた成果があったのか、成績はまともになっていき、中3で240/360ほどだったのが、高1で160/400(高校入学組がプラスで40人)、高2で110/400とそこそこまともになっていきました。これだけでもかなり嬉しかった記憶があります。
受験生になってしまったからには
そしてついに高2の3月、受験勉強が本格的に始まってしまいました。これまで部活に捧げてきた時間が空いたことで、その時間を塾での勉強に充て、「丹羽先生の指導を仰ぎ」、徹底して「「「基礎を固める」」」ことをします。高2の1月に受けた共通テストの同日模試(自宅受験)で、本番1年前の京大受験生は75%の得点が必要と言われるなか、645/1000と迫真の10%マイナスを記録し、とんでもない不安と焦燥感に駆られ、基礎を重点的に学習するようになりました(人によりますが、自分は数学はチャートを周回、英語は英単語と基礎的な参考書をやってました)。そして4月の面談で何をどのように進めるかを先生と共に決め、それを「確実に」、「何周もして」、身につけていく勉強を、夏休みが始まるまでの期間で行うという修行僧のような行いを為しておりました。休日も朝から塾で篭り、その時期は1番乗りで自習室に行ってました。これが結構大きかったと思います。夏は受験の天王山、という言葉もあるように、夏休みは永遠と塾に篭り尽くし、共通テストの対策も始まるなか、さらにもう一段階勉強のギアを上げることとなり、「青春よ、さらば…」とも思いつつ、食事と睡眠以外の時間を勉強に捧げることで、精神と肉体との融合を成し遂げ…はできなかったものの、段々と受験生たるに相応しい学力を身につけていきました。今思えば、この夏休みの時期がいちばん大変な時期であった気がします。逆に言ってしまえば、この時期に死ぬ気で頑張ることができなければ未来はないです。これはガチ。ほんとに。マジで。危機感持てって。そして夏休み明けからは過去問演習も始まり、冠模試も受けまして、判定がC→B→A→Cと推移し、あっというまに冬休みになってしまいました。この9月から12月までの期間は、バグでも起こったのか、体感時間がとんでもなく短く、あぁ時間が…、と過ぎ去る時を惜しんでも意味はなく、刻一刻と近づく共通テストに怯えながら、しかしやれることは勉強しかない、という心持ちで生きておりましたとさ。
第一の試練 —— 共通テスト
共通テスト本番…、これまで勉強してきた自らを信じ、知識を総動員し、さていよいよと意気込み、試験会場へと足を運びました。しっかし、これはこれはとても難解な問題と圧倒的な文章量。特になんですか情報とかいう科目は?文部科学省さんはじめ大学入試センターさんはとんでもない難化を我々にプレゼントしてくださりまして、とてもとても…はいもうね、うん(^^)、ということを言わざるを得ませんでした。結果はボーダーからマイナス1%ほど、ギリギリ耐えることになんとか成功し、そのまま京大に出願することになります。実際問題、では不安や緊張はあったのかと聞かれるかもしれないですが、本番で緊張しない奴はいません。でもね、試験が始まるとね、緊張とかしてる暇はないんですよね。なのであんまり心配しすぎる必要はないです。心配しすぎる必要がないだけであって、心配は各自で勝手にしといてください。
第二の試練 —— vs. 京都大学
そして共テが終わり、約1ヶ月ほど二次試験の対策を行い、いよいよ本番。これで人生が決すると言っても過言ではありません。1日目、国語と数学。国語については、解いた後でも全く手ごたえなんかはわからないものなので置いといて、数学は全5問中3.5問解くことができ、「これはキタ!」と思ったのも束の間、2日目の英語と地理が無事に難化、2日目終了直後の手ごたえ的には、受かったかどうかは五分五分くらいの感触でした。そしてなんだかんだ3/10の合否発表で、なんだかんだ受かってました。かくして私の大学受験は終わりを迎えたわけです。
勉強法とかいろいろ
では末尾に、受験生の皆さんが色々と気になっていると私が勝手に思ったことを、私の妄想の世界において受験生から質問があったので、それに勝手に答えておきましょう。
Q. 勉強の仕方がわからん!どうすればいいんだ…
A. 自分で合うやつを見つけてください(^^)。それか先生に「素直に」従うこと。さらに言ってしまえば、YouTubeとかで調べればごまんとヒットするのでまだ時間のあるうちにフィットするやつを見つけましょう。Q. 添削って必要?
A. いる。めちゃくちゃいる。ほんとにいる。過去問や小論文といったものの添削は、塾ですぐにやってもらえるので先生の疲労をガン無視してドシドシやってもらおう!Q. 問題の質問はやったほうがいい?
A. もちろん。問題の質問は特に勉強の本質を捉えていて、自分が理解できなかったところを選別し言語化できているという点から学力向上にはもってこい。これも先生にドシドシぶつけまくろう!Q. 1日何時間勉強すればいい?
A. 知らない。ただ1つ言えるのは、勉強した「時間」ではなく、勉強した「量」が大事。これを何ページやったとか、あれを何問やったとか、そういうこと。だけどこれも効率が大切。だらだらやってても意味ない。夏になるとそういった効率面の話も丹羽先生がしてくれるので、頭がはち切れるほどしっかりと脳裏に刻もう!おわりに
京大で待ってます。


📷(第一回京大オープンと第二回京大オープン比較、絵にかいたような爆伸び、そして文句なしの大合格!)
判定よりも、3年間の自分を信じて
2次試験で全てをひっくり返す
「名古屋市立大学経済学部」合格

私は南山塾に高校入学前の春休みから入塾しました。自分の実力より高いレベルの高校に進学したため、授業についていけるか不安でしたが、早めに塾で予習を始めたことで、学校が始まってからもスムーズにペースをつかむことができました。
1、2年生の間は数学と英語を中心に勉強しました。私は問題集の解説を読んで理解することがあまり得意ではないため、答えや解説を見て分からないところをすぐに質問できる南山塾の環境はとても自分に合っていたと思います。また、解説には載っていない考え方や問題の根本的な発想まで教えてもらえるため、一つの問題から多くのことを学ぶことができました。また定期テスト対策では苦手を克服するプリントをやることで無駄のない勉強ができたと思います。1、2年生のうちにコツコツ勉強を続けたことで、基礎が身についた状態で受験勉強を始めることができました。
3年生になると自習室を使えるようになり、ほぼ毎日塾に通うようになりました。夏休みからは家よりも塾にいる時間の方が長く、ほとんど塾に住んでいるような状態でした。塾に行けば仲間が熱心に勉強しているため、自分のモチベーションも高い状態で保つことができました。1、2年生の頃は模試の偏差値も順調に伸び、「勉強すれば結果が出る」と感じていました。しかし受験が近づき、多くの人が本格的に勉強し始めると、思うように結果が出なくなりました。特に得意だと思っていた英語の偏差値が下がり続けたときは精神的にもとても辛かったです。そんなときに丹羽先生が声をかけてくださったおかげで、諦めずに勉強を続けることができました。先生が生徒一人ひとりの様子をよく見てくれている南山塾だからこそ、メンタル面でも支えてもらえたのだと思います。共通テスト前日に聞いた「本番で120%の力を出す方法」も、本番で落ち着いて実力を発揮する助けになりました。
私は共通テスト模試では一度も第一志望校の判定でA〜D判定を取ったことがなく、本番後のリサーチもE判定でした。共通テスト対策の演習で目標点を超えられるよう努力してきましたが、本番では得意だった国語が難化し、思うように得点することができませんでした。学校の面談では第二志望の国公立大学を受験することを勧められ、自分でも諦めるしかないのかと考えました。

📷(共テ本番ボーダーマイナス30点E判定の絶望)
しかし、3年間努力して得意になった数学を試験で使えない悔しさや、長く志望してきた名古屋市立大学を諦めきれない気持ちから、E判定のまま出願することを決めました。丹羽先生はその決断を「正解!!」と言ってくださり、絶対に合格しようと強く思いました。そして、二次試験の対策を最後まで丁寧に指導してくださいました。苦手意識のあった英語でも得点できる解き方を教えていただき、英作文も何度も添削してもらいました。また、数学の記述の添削も個別でやってもらえることでとても力がついたと思います。その結果、自信を持って試験当日を迎えることができました。
試験当日は、今までやってきたことをすべて出し切る気持ちで臨みました。合格が分かったときは本当に信じられませんでしたが、今までの努力が報われたと感じてとても嬉しかったです。私が合格できたのは、丹羽先生の支えと南山塾の勉強に集中できる環境があったおかげだと思います。そして、なかなか結果が出なくても諦めずに努力を続けることの大切さを学ぶことができました。本当にありがとうございました。(自らの決断を正解に、強かった、3年間強かった、大逆転合格おめでとう!)
南山塾に1番長く通って
A判定からしっかりつかんだ
「名古屋大学理学部」合格

私は高校1年生から、正確には中学3年生の3月から南山塾に入りました。合格発表前日まで通ったので南山塾に1番長く通った生徒だと塾長に言われました。1、2年生の間は英語と数学をメインで教えてもらいました。普段は週2で通っていましたが、定期考査が近くなるとほぼ毎日決められた時間に塾へ来て課題を行い、この時はどんな科目でも分からないことがあれば質問することができました。高校1年最初の定期考査は50位ほどで、中学時代はほとんど1桁を取っていた私にとっては、高校の厳しさを感じる順位でした。しかし考査期間は必ず塾へ来て勉強する、という環境のおかげで怠けることなくコンスタントに勉強を続けることができ、2年生に上がった頃には10〜20位代を安定して取ることができるようになりました。1、2年生の間は特に特別なことをしなくても、やるべきことをしっかりやれるというだけで周りとの差がついたように思います。実際に3年生から塾に入った子が「1、2年生からもっと定期考査の勉強をしておけばよかった」と言うのを何度も聞きました。
1、2年生のうちから勉強を続けていたことで自分の出来ること、出来ないこともはっきりしていたので、3年生になってからの本格的な受験勉強もスムーズに開始できたと思います。特に夏休みは塾に学校とかなりのハードスケジュールで家がほぼ寝るためだけの場所となりましたが、実力が付いていくのを実感できることに加え、たまに夜ご飯が振舞われたりと結構楽しかったと思います。共通テスト前には、毎日予想問題を解きまくりました。おそらく他のどの塾よりも多い量の演習をしていたと思います。この演習のおかげで「あれだけやったから大丈夫」という自信につながり、本番では思うように点数を取ることができなかった科目もありましたが、他の科目に引きずることなく十分に実力を発揮することができました。

📷(模試も安定してA判定B判定)
共通テスト後は二次試験に向けて過去問を中心に先生方に採点してもらいマンツーマンでアドバイスをもらいました。ここで記述の得点力は上がったと思います。二次試験の勉強が続いていくと、私立組が抜けていくこともあり自習室も閑散としていきましたが、国公立組はみんな最後までがんばろうと団結している感じがありました。前日はお菓子と一緒に先生方からのメッセージカードをうけとり入試本番は共通テストのときと同様に自信をもって試験に挑むことができました。近くの席に知り合いがいたり、隣の席の人が自分よりも緊張していたことで、つとめて冷静になって問題を解いていきました。英語の記述が前年度までと少し傾向が変わっていたり、数学では途中の計算ミスに気がついて焦ることもありましたが、「今までの努力を無駄にするわけにはいかない!」という想いで最後まで諦めず解ききることができました。
入試が終わって数日は合格できるという絶対の自信がありましたが、私が受けた大学は前期試験の合否発表の日時が最も遅く、日が経つにつれて不安の気持ちが大きくなっていきました。合格発表を待つまでの中期、後期試験の勉強では不安で夜も眠れないこともありましたが、勉強も手につかないときには運動をした方がいいということになり、私は塾長からの許可をもらって、室内でもできることということで昔からの習い事で持っていた竹刀を自習室に持ち込ませてもらい、休憩がてら素振りをすることがありました。(他の人はいないので安全です。)塾の先生方の支えもあって最後まで勉強を続けることができました。改めてこの塾で良かったと思った瞬間です。先生方もとても優しくて、一学年の人数が限られていることもあってとても馴染みやすく勉強しやすい環境でした。社交的な子にも内気な子にも、自力で勉強できる子にもそうでない子にもおすすめできる塾だと思います。ありがとうございました。(1年生からコツコツ頑張った積み重ね、合格最低点を大きく上回る大合格!)
部活を辞める凄まじい覚悟
たった1年で日進西高校から
「名古屋工業大学」大逆転合格

僕が受験勉強を始めたのは2年生の夏休みぐらいでした。ですが今思い返してみれば勉強の質は悪かったです。そんな僕は南山塾に入る前、予備校と南山塾で悩んでいました。予備校は体験が可能だったので何回か体験に行きましたが僕の思い描く理想の塾とは大きく異なりました。僕は参考書学習が最強だと思っていたからです。また、これは南山塾のやり方に近いと思い、3月頃に南山塾に入塾しました。僕は入塾して少し経過した時に、にわ先生の受験にすべてをかけるというアツイ気持ちを強く感じました。その時僕は小学生からやっている野球をやめる決断をしました。最初は両親にも反対されましたが、第一志望校である名古屋工業大学にすべてをかけ一年間本気でやることを伝えました。レギュラーメンバーだったこともあり色々反対されましたが野球部を退部しました。

📷(さあトリプルE判定から伝説の幕開け)
その後の春休みは塾の中で一番勉強したと思います。しかし夏休み前までの模試では名工大はE判定でした。正直とても不安であり悔しかったです。そこから夏休みに入りその悔しさをバネに自習室にこもりました。毎日13時間くらいやりました。朝の6時半から10時10分まで塾にいました。その成果もあって夏の模試では物理で偏差値65を取ることができました。塾の確認テストや成長客観テストも良い点数を残せました。

📷(徐々に結果が出始める、いやまだまだ)
その後、夏から冬休み前までは偏差値もなかなか伸びず、モチベも一番下がっていたと思います。この時期から共テ対策メインになりました。そして冬休み前、にわ先生から「この冬で共テ合計100点上げるぞ」と言われました。それを聞いた時は驚きましたが、この塾で自分が頑張れば絶対いけると思いました。ですが現実はそう甘くありませんでした。僕は理系科目は得意でしたが国語が絶望的でした。共テの予想問題では2割台を得点しました。本当に日本人か疑われました。そこから僕はにわ先生と現代文マンツーマン特訓が始まりました。最初は「言われたからわかる」けど「自分からはできない」という感じで、個人的に受験勉強の中で一番大変でした。それでもマンツーマンの回数を重ねていくうちに少しずつ感覚が洗練され点数が安定してきました。また僕は古文漢文も壊滅的にできなかったので現代文でとって耐えて何とか200点中100点(5割)をとるという作戦でした。ですが共テ直前の予想問題で3割台を得点しました。また現代文特訓でも3割台を得点しました。悔しすぎて塾のトイレで涙を流しました。しかし僕はここであきらめずにわ先生の言うことを信じ対策しました。
共テ本番、僕は国語で200点中120点を取ることができました。これは予想問題での点数の倍です。100点を取るという目標を大幅にこえました。このおかげで第一志望校の人たちにそこまで差をつけられない点数をとることができましたが、それでも共テの判定はCとDの境目、担任の先生から志望校を下げろと言われました。この時僕は第一志望校にうかって見返してやろうと思いました。前期後期ともに名工大に出願しました。
前期試験までの過去問では点数が安定していて英作文などの対策も塾でしっかりやってもらったので自信をもって前期に挑みました。結果は「不合格」でした。今年の数学が例年よりもかなり難化し得点源であった数学で周りの受験生に差をつけられなかったことが不合格の要因かなと思います。かなりショックでした。気持ち的にもしんどく僕は後期に向けて図書館や自宅で勉強していました。自分のレベル的にも後期でうかるのは可能性が低いと思っていたので前期前のような気持ちで勉強することができませんでした。
その時、にわ先生からLINEがきました。内容をまとめると「諦めるな、お前が一番やってきた」というものでした。これを見て僕は後期でうかる可能性にかけて尽くしました。ここが合否の分かれ目だったと思います。結果後期で合格することができました。自分が合格したとわかった瞬間手が震えました。それと同時に南山塾でやってきたことは正しかったと証明できました。

前後期同じ大学を受け、後期でうかることはめったにないことだと思います。なぜこれができたかというと南山塾で頑張ったからだと思います。わからない問題があったら、たとえそれがどんなに簡単だったとしても質問しにいき、苦手をつぶしました。この積み重ねが最後に響いたのだと思います。南山塾を信じてやり続けました。南山塾じゃなかったら合格できていなかったと思うし、第一志望校を受験する土俵にも立てていなかったと思います。そして諦めずに少しの可能性に全力を尽くすことが大切だと学びました。(野球部を辞め、凄まじい覚悟で臨んだ1年、第一志望校合格おめでとう!)
定期クラス1位連発、評定オール5
模試A判定連発、共テ本番最上位A判定
「愛知教育大学」圧倒的大合格

「努力は必ず報われる」私はいつもこの言葉を胸に刻んで勉強に励んでいました。私は高校1年生から3年生の5月に引退するまで部活中心の生活でした。すごく心配症な私は、このままだと周りの人たちに学力が抜かされてしまうのではないかと不安になり、南山塾に入りました。
私は受験生になる前にやっておいてよかったなと思うことが1つあります。それは高校1年生の時から定期テストが始まる1か月前からテスト勉強するという習慣をつけておくことです。範囲が出ていなくても毎日授業を習ったことを復習するだけで定期テストの出来はかわっていくと思います。南山塾ではテストが近くなると1日7時間塾があるのでびっしり勉強することができました。また、わからない問題をマンツーマンで先生が教えてくれるので自分にとって最適な勉強空間でした。私はこの習慣があったおかげで高校3年生の定期テストで1年間クラス1位を取り続けることができました。


📷(高3定期クラス1位完全制覇、評定オール5)
私が受験勉強で1番頑張った期間は夏休みです。これから毎日休みなしに勉強すると考えるだけで鳥肌が止まりませんでした。夏休みが始まり、丹羽先生に言われたことを積極的に取り組みました。苦手だった教科は、もう少しやりたいですと先生にお願いし多くの問題をやらせてもらいました。塾の中だけではなく塾から帰っても気になることがあればラインして相談しました。そして徐々に熱が入った私は朝早くから夜遅くまでほぼ毎日自習室に通い狂ったように勉強をしました。友達や家族には「ちょっとやりすぎじゃない?」と言われましたがそこまでストイックにやったからこそ第一志望校を勝ち取ることができたと思います。そして共通テスト前はたくさんの予想問題・過去問を解きました。点数に波があり一喜一憂することもありましたが負けずに戦い抜きました。
共通テスト本番、丹羽先生に言われた本番で120%実力を発揮する3つの約束を守りました。その結果、国語で9割、数学で8割、苦手な科目で今までとったことのない点数をとることができました。そしてボーダーラインを大幅に超える点数と内申オール5をもらい、学校推薦型選抜で合格することができました。こんなに良い結果を得ることができたのは、毎日の自分の努力とすばらしい環境を提供してくださった南山塾のおかげです。丹羽先生のことを信じて行動したら必ず成功します。なので皆さんもぜひ南山塾で合格を勝ち取ってください!!(共通テスト大成功の秘訣である3つの約束を知りたい人はぜひぜひ南山塾へ笑)
📷(共テ本番最上位A判定、南山大学も共テ利用で合格)
昇輝塾1クラス→2クラス→
南山塾→「同志社大学法学部」
スーパー下剋上達成

僕は中学一年生、初めての定期テストで自分の順位の低さに愕然とした記憶があります。中学二年生で昇輝塾に入って最初は下のクラスでしたが定期テストを頑張って取り組み、最終的に上のクラスにあがることができました。そのころ、自分の好きな社会科をたくさんの生徒に教えたいという夢ができました。
高校に入った後も、中学の頃のように定期テストに取り組みましたが、数学の点数が低く、独学の限界を感じたため、南山塾に入ることを決めました。第一志望は愛教大、国公立大学なので全科目がんばらなければいけません。丹羽先生と話し合った結果、まずは定期テストで全科目上位を目指すことを目標にしました。南山塾では定期テスト2週間前から対策に入るため、計画的に勉強して何度も学校のテキストを解いてみたり、わからないところをわかるまえつきっきりで指導してくれるので、苦手だった数学でも高得点を取ることができました。その結果、文系全体で学年1桁に入れるようになり、得意な社会科では何度も学年1位をとるようになりました。高校では定期テストの点数がかなり評定に直結してくるので、並んで評定もよくなっていきました。

📷(定期テスト効果で評定大幅アップ)
高校3年生になり、志望校を真剣に考えていくうちに、教員になる夢がうすれていきました。志望校はあいまいなままでしたが、南山塾の仲間の頑張っている姿を見て、毎日開放されている教室で1日中できるだけ毎日勉強するよう心掛けました。そして夏に入り、毎日1日中勉強した成果が徐々に見え始めたとき、国際政治を学びたいと思うようになりました。静岡県立大学と南山大学で迷いましたが、オープンキャンパスなどいろいろ見学した結果、志望校を南山大学に決めました。
📷(模試も偏差値10アップ、絶望E判定から南山大学が視野に)
夏の終わりごろ、高校の先生に呼び出されました。ひょっとしたら数名あるとうわさされている南山大学指定校推薦の話かもしれない、少しテンションが上がりました。しかし、話は違いました。「学校での成績と行いを総合的に判断した結果、同志社大学に指定校推薦で行かないか?」と提案されたのです。まったく予想していなかったのでびっくりしました。
自分が選ばれるような成績を取れるようになれたのは南山塾のおかげです、入塾のタイミングが一歩でも遅かったらこんなことはなかったと思います。もし、僕みたいに志望校に迷っている人は、高校3年生の1学期まで定期テストを全科目がんばってみてください。そして夏休みに受験勉強がんばってください。1日中勉強することは初めての経験でしたが、本当にやってよかったと思います。模試の判定が上がっていき、自信につながりました。「昇輝塾!南山塾!ありがとうございました!」(誰も予想しなかったスーパー下剋上の伝説達成、おめでとう)
EEEEEEEECE判定
しかし大逆転の準備はできていた
「名古屋市立大学人文社会学部」合格

私は高校2年生の9月に南山塾に入塾するまで大手の塾で映像授業を受けていました。大手の塾では勉強のスペースが区切られ、周りの人たちが見えない状況で勉強するのでよく眠くなったり、モチベーションが上がらないまま過ごすことが多かったです。もちろん名古屋市立大学の判定はE判定でした。担任の先生からも遠回しに志望校を変えた方がいいと言われ、諦めかけていました。そんな中、順番待ちをしていた南山塾からメールが来ました。そのまま塾を続けるか、南山塾に変わるか迷いましたが、このままではダメだと思い、思い切って南山塾に入りました。当時、塾のみんなが勉強している風景を見て驚いたことをよく覚えています。塾の座席配置のことです。この塾では周りの人たちが視界に入るようになっていて緊張感のある空間でした。
📷(高2全統模試はやはりE判定、さあどうする)
入塾するときに「合格するためには週2日じゃ間に合わないよ」と言われ、私は高校2年生から週4日通っていました。チェックテストも週4回やっていました。先生に後で聞いたら、そんな生徒は私が初めてだそうです。でも高校2年生からがんばって本当によかったです。
私自身、数学が本当に苦手で共テ模試ではひどい点数をとってしまいました。共通テスト直前期はほぼ毎日数学の特訓を先生にしていただいたり、先輩と点数を参考にして今の自分の状況とを比較したりしました。そのおかげか本番ではそれなりの点数をとることができました。また、英語は今年難しかったのですが、チェックテストや単語カード、毎日入試精読や共テ9割への道など塾のプリントをしっかりやってきたこともあっていい点数をとることができたと思います。共通テストは実力を発揮できたのですが、それでもボーダーに少し足りなかったため二次試験で逆転しないといけない状況でした。
共通テストが終わってから二次試験までが一番つらい時期でした。名市大の過去問は私にとって心が折れるものでとても難しかったです。さらに担任の先生からは他の国公立をすすめられ、誰もが合格は難しいと思っていたと思います。それでも私が名市大への挑戦をあきらめなかったのは先生が最後まで私を信じてくれたからです。先生に志望校を下げた方がいいか相談したら、「何言ってんの?ここからだろ!」とめちゃくちゃしかられました笑笑。それだけ先生は第一志望校に合格させる自信を持っていて本気でした。ここから私は全力でラストスパートをかけることができました。

📷(高3の模試も最後の記述以外すべてE判定。でも大丈夫、さあ伝説の幕開け)
二次試験の英語は特に英作文、毎日添削してもらいました。名市大は語彙力も採点基準になるので、使える単語を教えてもらい、フレーズも教えてもらい、入試本番でもそのまま使えました。対策通りかなりできたと思います。国語は配点の大きい1番の現代文を毎日マンツーマンで教えてもらいました。はじめは記述がうまくできませんでしたが、自分でも成長を感じるぐらいできるようになりました。
先生はよく「ここまで名市大対策してる子はいない」と私に言ってくれました。たしかに二次試験の対策は自分一人では難しく、ここまでやっている子はいないと思います。他の塾でも難しいと思います。名市大に挑戦できたのも、自信をもって本番に臨めたことも、あの時南山塾に入って本当によかったと思いました。
最後に伝えたいのが、絶対にあきらめないことです。私は直前まで結果が出なくてE判定をとり続けてきたのですが、南山塾のおかげでなんとか合格することができました。諦めずに塾のプリントをどんどん進めれば合格できます!(担任の先生も驚嘆、愛知・南山・名市、受験校すべて合格、伝説達成!)
「こんなに伸びた子見たことない!」
高校の先生も認めた爆伸び
「名古屋大学文学部」合格

「夏休みで合否は決まる」という言葉があります。この言葉はまさしくその通りだと僕は思っていて、3年生の夏休みが受験勉強のレースに乗れる本当に最後のチャンスなんだと自分の身をもって実感しました。周りの生徒が早くから受験対策を進める中、全部の模試でずっとE判定を取り続け、夏休みになってようやく本気を出した僕は「ギリギリのギリ」という表現が世界一似合う男だと思います。(実際学校の先生にも言われました) 夏休みに入る前に塾と学校で言われた言葉の中で印象に残っているものが2つあり僕が本気を出せたのはその言葉の力による所が大きいのでここで紹介します。
一つ目は「時間は不可逆」
あまりに当たり前すぎる事なのですが、夏休みを前にした僕は時間が無限にあるかのような感覚を持っていました。“今こんなに頑張らなくてもどうにかなるのでは……?”自分で勉強を進めると必ず出てくるこの気持ちは自制心の強くない僕にとって1番の敵で、だからこそ塾は大きな力でした。行けばその時間は必ず勉強するし、周りの仲間たちも頑張っているから自分も頑張れる。不可逆の時間の中で、塾がなければ自分を律するために使われていたはずのエネルギーを丸ごと勉強に向けられた事は、僕の夏休みを受験へのロケットスタートに変えてくれました。
二つ目は「落ちた時に何を思うか考えなさい」
この言葉を聞いた時、自分が不合格となったら真っ先に考えることは勉強していなかった時間だな、と思いました。勉強をサボっている時、自分は本当にこれで不合格に納得できるのか?と考えると不思議とやる気が出てきました。不合格に納得したい気持ちは、合格したい気持ちよりも強いモチベーションになってくれて、よりダイレクトに行動を引き起こしてくれました。
……なんかいい感じに頑張れたように書きましたが正直、夏休みが受験生活の中で1番辛かったです。


📷(入塾前、高2全統模試、ここからとんでもないことになります)
努力量と成績は1:1の正比例ではなく、努力量がある程度にまで達すると成績が急上昇するのですが、それまでの蓄積が少なかった僕はいくら努力しても結果に現れないという夏休みでした。時間が無限にあるかのように感じる分、とても辛い時期でした。が、そこから後の伸びは凄かったです。結果的に、夏休みの前の模試と共通テスト本番とを比べると200点近く上がりました。
共通テスト直前は夏休みに次いで辛い時期だったと思います。集中力と判断力をゴリゴリ削られる生活の中、1日単位で成長しなければならないのでストレスは酷かったですが、頑張っている自覚がなくなるほど没頭して頑張っていたのでいい意味で病気だったと思います。

📷(「こんなに伸びた子見たことない」と高校の先生を驚かせた伝説の模試結果)
塾で頑張るのが当たり前になりすぎて「自分今頑張ってるな」と思わなくなった事は共通テスト後に自分を大きく助けてくれました。特に解放感を感じることもなく淡々と二次試験に向かうことができたのは南山塾が最強勉強空間であることの証だと思います。
結果的に合格を勝ち取る事はできましたが、そこに至るまでの過程の圧倒的激しさが南山塾の強みだと思います。人生の中で二度と来ない受験勉強の時間を南山塾で過ごせたことに本当に感謝しています。(不合格でも多分同じこと書いてます) 南山塾はマジで最強の勉強空間です。先生たちも仲間たちも最強です。受験の合否以上に大きな物が得られました。ありがとう南山塾。 (名古屋大学E判定からの大逆転合格、共通テスト世界史100点、数々の伝説をありがとう)
マークと記述ダブルE判定
入塾後8ヶ月で日進西高校から大逆転!
「名古屋市立大学人文社会学部」合格

僕は高校1年から高校3年までの間部活をしていて、勉強に真剣に取り組んだことはありませんでした。また、ゲームが好きだったので部活が終わり、家に帰った後は友達と電話をしながらゲームを楽しんでいました。なので本格的に勉強に取り組むまでは部活やゲームが中心の生活を送っていました。定期テスト直前にテスト範囲を詰め込めばある程度良い順位を取れていたので、勘違いしていたことの一つは、定期テストができるから受験もなんとなくいけるだろうと思っていたことです。
部活を引退して受験勉強に本腰を入れようと思い、初めて模試やその判定を真剣に見ました。その時は自身の実力を正確にわかっていないので無相応の志望校を志望していました。それが名古屋市立大学です。何も驚くことはないのですが、5月に行われた第一回共通テスト模試の判定はEです。ここで少し焦りを感じました。周りの同級生の中には英単語を完璧に覚えている人もいる一方で、自分は英語の単語帳すら持っていなかったからです。急いで本屋に行き単語帳を買い、塾に通う必要も感じたので南山塾に応募し、7月に入塾しました。今考えると普通ならありえない程遅いと思います。丹羽先生もこの判定でこの時期から名古屋市立大学を志望している自分に戸惑いはあったと思います。
(いやいや、戸惑いどころか絶望しましたよ)

📷(マークと記述ダブルE判定、英語偏差値40は無謀)
入塾して一番初めに思ったことは、勉強に対する熱意が違うと感じました。自分が塾はこんな場所だと思っていたこととして、例えばひとりひとり区切られた個人スペースで黙々と勉強するだとか、1人の講師が何人かを受け持って授業形式で講義を行うというものでした。しかし南山塾は違い、特徴的な点があります。基本的に自習という形は他の塾でも行われているかもしれませんが、区切られた個人のスペースはありません。なので常に周りの頑張りが見ることができ、逆に言えば自分の頑張りが見られているという点です。なので自分が集中できなかったり、眠たい時に視線を上げて見渡すことで気持ちを引き締めることができました。
受験を一通り終えて僕が一番よかったと思えるのは夏休みに勉強を頑張れたことです。夏休みに丹羽先生が常々言っていたことは「1日26時間勉強しろ」ということです。何言ってんだと思うかもしれません、この言葉の意味は“1日13時間、1時間で2時間分の勉強ができるくらい集中して勉強をしろ”ということです。受験勉強を始めるタイミングが遅かった僕にとってこの言葉は大きな原動力になりました。朝起きるのが苦手な僕でも頑張って起き、最大限時間を有効活用しました。分からないところは減っていき、得点も徐々に上がっていく実感はありました。この頑張りは大きな貯金として最後まで残っていたと思います。

📷(夏の爆伸び、名市大は夢じゃないのか?)
共通テストでは自分が必要な教科全てで予想以上の点数が取れました。自分がここまで点数を上げることができたのは間違いなく南山塾に来たからだと思います。

📷(共通テスト本番炸裂!名市大A判定、奇跡あるぞ!?)
国公立の受験は勉強する教科が多く思っている以上にきついことでした。最初は多くのことを吸収し楽しいと思えたことも、反復の繰り返しでだんだんと嫌気がさしてくることもあります。ですが南山塾の特徴的な勉強法は必ず力になると思います。合格がほぼ不可能な判定でも自分を信じ続けてくれる先生がいて、自分の気持ちを高く維持し続けてくれる仲間もいます。僕はそんな方々のおかげで合格できたと思います。今どの塾に入ろうか悩んでいる人、また僕のように勉強法から根本的にわからない人は特に南山塾をお勧めします!
(名市大・南山W合格、8ヶ月怒涛の日々、そして伝説へ)
国公立大学受講解禁初年度から
「愛知県立大学外国語学部」
E判定大逆転合格!

私は高校1年生から高校3年生の5月に引退するまで部活中心の毎日でした。平日は朝から夕方まで部活があり、土日は他の高校や体育館を借りて大会に出たりしていました。そのため部活から帰ってきたら疲れ切ってすぐに寝てしまい、勉強はテスト期間以外全くやっていませんでした。もちろん模試のために勉強したこともなく、世界史や理科などの自分の苦手な教科はほぼ運ゲームのようなものでした。
3年生の5月に部活を引退し、受験勉強するか!と思い、自分の模試の結果を振り返った時、あまりの点数の悪さにびっくりしました。今まで模試の結果が返ってきても全く見ていなかったので、自分がどれだけ勉強できていなかったのかそこで改めて実感しました。そして部活を引退した5月に南山塾に入塾しました。国公立志望では本当に遅すぎる入塾だったと思います。
📷(どの業者の模試もすべてE判定、ここから始まる)

初めて塾に行った時、普通の塾とは違うことがたくさんあってとても驚いたのを覚えています。私は集団で授業のように教えてもらうのがあまり好きではなかったので、基本的に自習型で分からないところがあれば質問するという南山塾の勉強スタイルがとても自分に合っているように感じました。また土日や、夏休みなどに1日7時間塾で勉強できるので、だらける心配がなく、周りに一緒に頑張っている友だちがいるので集中することができ、とても恵まれた環境だなと感じました。
私が受験生活の中で1番良かったなと思うのは夏休みに頑張れたことです。夏休みに模試の結果を丹羽先生に見せた時、「今の結果だと模試ではE判定が出てるけどZ判定くらいだよ。」と言われ、よし!やってやるぞ!という気持ちになりました。丹羽先生からは、とにかく夏休みにがむしゃらで死ぬ気で頑張れと言われたので毎日朝から夜までひたすら勉強しました。いつもなら夏休みは毎日のように友だちと遊んだり、家族と遠くに出かけたりしたけど、今年の夏休みは一切遊ばずに、塾と学校と家しか行き来していませんでした。家族や友だちからはストイックすぎて心配だと言われたけど、その時にそれくらいやらないと受からなかったと思います。
📷(夏のがんばり、結果となって表れる)

共通テストでは自分の得意な科目でひどい点数を取ってしまったけど、苦手な世界史や数学でなんとか点数をとることができました。これは毎日南山塾で勉強をし続けていたのと、私が理解するまで数学をつきっきりで教えてくれたおかげだと思います。
国公立志望というハードルの高さをあまり理解していなくて、こんなに毎日勉強をしなきゃいけないのかと思うこともあったけど南山塾で毎日諦めずに頑張り続けたから受かることができたと思います。5月というとても遅すぎる入塾で、国公立志望という無謀な挑戦を、丹羽先生は1度も志望校を変えなさいと言うことなく常に前向きに応援してくれました。そのおかげで私は大学に合格できたと思います。南山塾に今通っている人は自分と丹羽先生を信じて頑張ってください。どこの塾に通うか迷っている方はぜひ南山塾で頑張ってみてください!
南山塾開校以来2年連続の快挙
E判定から「南山大学経済学部」合格!

私は高校1年生の時、部活を中心に生活していて、まったく勉強していませんでした。定期テストの当日の朝にその日のテスト科目を知ることもありました。毎回赤点で担任の先生からは「君はずっと低空飛行だ、いつ墜落しないか心配だ」と言われました。高校2年生になって部活を続けたらまずいと思い、部活を辞めることにしました。しかし、結局勉強することなく遊び続けました。学校の先生からは成績が悪すぎていじられつづけ、周りのみんなは私の点数を聞いて安心する感じでした。皆にとってはいい存在だったかもしれません笑。勉強のエピソードを書いてと言われましたが、記憶がなさ過ぎて覚えているのはそれぐらいです。
📷(高校2年生の模試はすべてE判定、その1年後、受験した「南山」「愛知」「椙山」すべて合格)

受験勉強をがんばろうと思ったきっかけは高校3年生の春休みです。ネットフリックスで韓国ドラマを見つくした私は、もう他に見るものがなくなってしまったので、たまたまオススメに出てきた「映画ビリギャル」を見ました。その時はじめて勉強してみたいなと思いました。やる気になりました。大学のこととかよくわからなかったのですが、とりあえず愛知県の私立文系で一番賢い南山大学に惹かれました。今考えたらどう考えてもむぼうなんですが、レベルとか難易度とかよくわかっていなかったので目指しました。周りの子はみんな予備校に通っていましたが、私は自分で色々検索して、南山塾のホームページを見て「これだな」と思い、通うことを決めました。
塾に入っていきなり信じられないぐらい成績が上がりました。勉強が楽しいと思いました。夏休み中は朝6時半に起きて7時から勉強、そして昼からは塾というルーティンで頑張りました。2学期からは正直言ってやる気が落ちるときもありました、そんなときは夏休み中のオープンキャンパスで実際に南山大学を見学したことを思い出しながら頑張りました。
📷(定期テストも模試もいきなり爆伸び)

一番つらかったのは冬です。南山大学演習で思ったように点数が取れずあせりました。不安やストレスはピークでした。英語・国語・世界史、1科目が良くても全科目そろえることの難しさを知りました。英語と現代文は演習後、マンツーマンで丹羽先生とやり直しをしました。「なぜその答えになるのか?」をつねに意識して、勘で正解しないように、きちんと説明できるぐらいまで復習をしました。「南山大学はこのやり方が最強」丹羽先生はずっと言い続けてくれました。私もそう思います。とにかく信じてやり続けました。
📷(南山大学演習、ここまでやる塾はない)

入試当日の試験会場で、高1の時同じクラスだった友達に「よくここまで勉強したね」と褒められました。そして合格後、今までずっと南山大学受験に反対してきた学校の先生からもたくさん褒められました。大学受験を通して、改めて周りの人に支えられていること感じました。南山塾に入り、勉強し、合格することができて本当によかったです。本当にありがとうございました。南山大学を目指している方がいたら、私もお手伝いします!一緒にがんばりましょう。
第一志望「南山大学法学部」合格!
学年ビリ、E判定の嵐から逆転合格!
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この合格体験記を書くときに、丹羽先生からビリギャルに対抗して書籍化しようと笑いながら言われました。そのぐらい僕の今までのダメエピソードは破壊力があります。高校1年生の定期考査でいきなり学年ビリデビュー、というところから僕の華々しい高校生活は始まりました。写真の赤丸の通り、ほとんど赤点という悲惨な状況でした。おかげで夏休みの半分は追試でつぶれ、東京ディズニーランドに行けなくなりました。
📷(学年ビリ、赤点だらけの高校1年生)

このままではまずいと思い、高校2年生になってから部活をやめ、大手予備校に通いました。成績アップを狙ってがんばったのですが成果は出ず、学校の面談でどの大学にも行けないと脅されました。模試もE判定の嵐。いやすぎて志望校を全く書かずに模試を受けたこともありました。定期考査も学年で後ろから10位から15位をうろちょろでした。このとんでもない状況を変えてくれたのが南山塾でした。僕が高校3年生になるときに南山塾は開校。本当に運がよかったです。僕の今までの成績を考えれば、志望校南山大学というのは冗談みたいな感じでしたが、入塾面談で丹羽先生は「南山塾初代一期生として伝説を残そうぜ!」と志望校を否定せず、前向きに応援してくれました。僕はこの時、南山塾生として今年一年がんばろうと心に誓いました。母は僕の成績が悪すぎて入塾を断られるかと心配していたそうです。
📷(E判定、そして学力レベルは屈辱のF!)

南山塾はやる気さえあれば絶対に点数が上がる塾です。何から受験勉強をはじめればいいのかわからなかった僕を合格まで導いてくれました。「最短距離で突っ走る」という言葉は本当です。教材も自分にあった一番いいものを選んでくれ、毎日勉強する計画を立てることでさぼらなくなりました。塾の日にちも決められていて、行くと絶対勉強進むから強制成績アップの循環がありました。わからないところがあっても、いつも先生が近くにいてくれて答えてくれましそして、入塾してから4カ月後、7月の全統模試で奇跡が起きました。今までE判定だらけだった志望校判定が初めてC判定になったんです。これは僕にとって大事件。僕は自分の力が伸びていることを実感しました。「伝説を残せるかも」南山大学合格が少しずつ現実になってきて、さらにやる気が湧いてきました。
📷(たった4カ月で爆上がり、E判定からC判定へ)

今までさぼってきた分、合格までの道のりは大変でした。がんばれる環境があったこと、そして最短距離であったこと、どちらが欠けても合格はなかったと思います。この一年南山塾に通って本気で勉強して本当によかったです。そして入塾面談の時にかわした丹羽先生との約束を果たせて夢のようです。二期生の皆さんは、信じてがんばってください。僕も卒塾生としてたまに南山塾にお手伝いしに行くので、一緒に伝説を残しましょう。
